高齢者の熱中症は
『のどの渇き』では気づけない
――介護施設の夏の熱中症対策 完全ガイド2026
高齢者の救急搬送のうち熱中症は約半数を占め、その8割以上は屋内で発生している。発汗機能の低下、口渇感の鈍化、認知症による意思表示の困難――『普通の対策』では足りない。本記事では、施設長が2026年の夏に整えるべき体温調節・環境管理・水分補給・夜間体制の実装手順を、医学的根拠と現場運用の両面から解説します。

この記事でわかること
- なぜ高齢者は熱中症に気づきにくいのか(体温調節メカニズム)
- 認知症高齢者特有のリスクと、訴えを待たない見守り方
- 施設内の温湿度・WBGTの管理基準と具体的な設定
- 水分補給・経口補水液・食事からの水分の使い分け
- 夜間・入浴時・レクリエーション時のリスク管理
- 発症時の初期対応と『救急要請する/しない』の判断軸
なぜ高齢者の熱中症は『普通の対策』では防げないのか
環境省「熱中症環境保健マニュアル」によれば、熱中症による救急搬送者のうち65歳以上が約55%を占め、発生場所の約4割は「住居(屋内)」だ。屋外の炎天下より、エアコンを使っていない・設定温度が高い室内のほうが、高齢者にとってはむしろ危ない。
その理由は、加齢に伴う3つの生理的変化にある。
① 発汗機能が低下している
高齢になると汗腺の機能が衰え、体温が上がっても汗をかきにくくなる。汗による気化熱で体温を下げる仕組みが弱まるため、若年者なら問題ない室温でも体内に熱がこもる。
② 口渇感(のどの渇き)を感じにくい
視床下部の口渇中枢の感受性が低下するため、体内の水分が減っていても「のどが渇いた」という自覚が出にくい。「水分は足りています」と本人が言っても、実際には脱水が進行していることが珍しくない。
③ 体内の水分保有量がそもそも少ない
若年者の体水分率は約60%だが、高齢者は50%前後まで低下する。同じ量の水分が失われても、脱水状態に陥るスピードが速い。
高齢者の熱中症は、本人が「暑い」「のどが渇いた」と訴えた時点で、すでに手遅れに近い。だから、訴えを待たない仕組みが要る。
認知症高齢者という、もうひとつのリスク
認知症ケア専門士の現場感覚として、最も気をつけているのが認知症高齢者の熱中症だ。加齢による生理的変化に加えて、次の要素が重なる。
・暑さや喉の渇きを言語化できない/意思表示しない
・エアコンの操作ができない、または「寒い」と切ってしまう
・厚着のまま過ごす、入浴を拒否して発汗できない
・服薬(利尿剤・降圧剤・抗精神病薬)による脱水・体温調節への影響
つまり認知症高齢者は、「環境×身体×服薬×行動」の4重リスクを抱えている。職員が「本人の様子を見て判断する」だけでは限界がある。『時間で配る・記録で追う』運用に切り替える必要がある。
施設環境の管理基準:温度・湿度・WBGT
環境省「熱中症環境保健マニュアル」と日本気象協会の指針をもとに、施設内で押さえるべき基準を整理する。
| 指標 | 注意レベル | 対応 |
|---|---|---|
| 室温 | 28℃を超える | エアコン強化/給水声かけを30分間隔に |
| 湿度 | 70%を超える | 除湿運転を併用/衣類調整 |
| WBGT(暑さ指数) | 25〜28(警戒) | 屋外活動を制限/こまめな給水 |
| WBGT | 28〜31(厳重警戒) | 屋外活動原則中止/高齢者は屋内も注意 |
| WBGT | 31以上(危険) | 外出禁止/給水を全員に強制的に促す |
居室・食堂・廊下・浴室・脱衣室の5箇所に温湿度計を設置し、1日3回(午前・昼・夕)の記録を当番制で行う。WBGTは環境省「熱中症予防情報サイト」で全国地点ごとに公開されているので、施設所在地の値を毎朝確認しルーティン化する。
水分補給の運用設計:『配る』ではなく『飲ませる』
「水分補給を促す」では運用にならない。次の3点を明文化する。
① 1日の目標水分量を1人ずつ決める
目安は体重1kgあたり30〜40mL、平均的な高齢者で1日1,200〜1,500mL(食事からの水分を除く)。心不全・腎不全がある利用者は主治医の指示量を必ず守る。ケアプランまたは個別記録に、目標量と現在の摂取状況を必ず併記する。
② 時間ごとに『配る量・記録する量』を決める
起床時・10時・昼食前・15時・夕食前・就寝前の6回を基本に、コップ1杯(150〜200mL)ずつ提示する。「飲んだか/何mL残ったか」を必ず記録に残す。声かけだけで終わらせない。
③ 経口補水液とお茶・水を使い分ける
普段の補水は水・麦茶・ノンカフェイン茶でよい。発汗が多い日・入浴前後・微熱がある日・食欲低下日には、経口補水液(OS-1等)を使う。緑茶・コーヒー・紅茶は利尿作用があるため、補水としては数えない。とろみ調整食品を使う方には、温度・とろみ濃度を統一する。
入浴・夜間・レクリエーション:時間帯ごとのリスク
入浴時
入浴は体温と発汗を急上昇させる。脱衣室・浴室・洗身介助の動線で、室温と利用者の状態を細かく見る。入浴前にコップ1杯、入浴後にもう1杯を必ず提供する。長湯(10分以上の浴槽内)は控え、顔色・脈拍・発汗量を観察する。
夜間
就寝中はエアコンを切る/設定温度を上げる施設が多いが、これが屋内熱中症の最大要因のひとつだ。夜間も28℃以下を維持し、巡視時に発汗・呼吸・寝衣の状態を必ず確認する。見守りセンサーで体動・呼吸数の変化を把握できる施設は、夏季は閾値設定を見直す。
レクリエーション・屋外活動
WBGTが28以上の日は屋外活動を中止。屋内レクでも、室温・休憩・給水を30分ごとに挟む。塗り絵やカラオケなど『動かないレク』でも、室温管理を怠ると発症する。
発症時の初期対応:『涼しい場所・冷却・水分・受診判断』
環境省マニュアルに基づく初期対応の鉄則は次の通り。
- 涼しい場所へ移動:エアコンの効いた部屋、または風通しの良い日陰。
- 衣服を緩めて体を冷やす:首・脇の下・足の付け根を保冷剤や冷たいタオルで冷却。皮膚に水をかけて扇ぐのも有効。
- 水分・塩分補給:意識がはっきりしていて自力で飲める場合のみ。経口補水液が最適。
- 救急要請の判断:意識がない・呼びかけに反応が鈍い・自力で水を飲めない・けいれん・嘔吐がある場合は迷わず119番。
判断に迷ったら救急要請が原則だ。「呼んで様子を見てから判断する」ではなく、『水を飲めないなら即119』を施設のルールとして掲示しておく。
2026年夏、施設長が今月整えるべき7つの体制
- 居室・食堂・廊下・浴室・脱衣室の温湿度計設置と1日3回の記録ルール化
- WBGTの毎朝確認(環境省サイト)と『31以上=屋外禁止』の周知
- 利用者ごとの1日目標水分量の設定(主治医指示と整合)
- 『提供量/摂取量/残量』の3列を含む水分記録様式の整備
- 入浴前後・夜間巡視時の給水ルール明文化
- 夜間エアコン28℃以下維持の運用統一
- 発症時初期対応フロー(受診判断含む)の掲示と全職員研修
編集長・深瀬久博からひとこと
熱中症で利用者を救急搬送することになった施設の話を聞くと、ほとんどの場合、振り返りで出てくるのは「いつもより少し水分が少なかった気がする」「夜間のエアコンが少し弱かったかもしれない」という、『少しの違和感』だ。
逆に言えば、その『少しの違和感』を当日中にキャッチできる仕組みがあれば、ほとんどの熱中症は重症化させずに済む。それは、職員の感性ではなく、記録様式と時間設計でつくるものだ。
「気をつけよう」と全員に呼びかけることに、もう意味はない。今月、水分記録の様式を1枚書き換える。温湿度計を脱衣室に1個追加する。夜間のエアコン設定を全居室で揃える。
――そういう小さな仕組み化が、夏のいちばん大きな安全網になります。