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    経営・処遇改善 2026.06.03 約15分で読了

    介護職員の賃上げを実現する
    7つの施策
    処遇改善加算だけに頼らない、賃金水準アップの実務【2026年版】

    「賃上げしたいが原資がない」「処遇改善加算は使っているが、それ以上の打ち手が見えない」――中小介護事業者の経営者からよく聞く悩みです。本記事では、加算・補助金・配分設計・生産性向上・単価改善・離職コスト削減・評価制度という7つの施策を組み合わせ、現実的に賃金水準を上げる実務手順を、30名規模のシミュレーション付きで解説します。

    光の差し込む和モダンな介護施設の居室
    深瀬久博
    監修
    深瀬 久博 / 情熱介護 編集長
    介護福祉士・社会福祉士・認知症ケア専門士・産業ケアマネ(3級)・ストレスチェック実施者

    00序章:なぜ今、賃上げが「経営の生命線」になったのか

    2024年以降、政府は「賃上げ」を経済政策の中心に据え、最低賃金は5年連続で過去最大の引上げを記録しました。介護業界も例外ではなく、令和6年度報酬改定では介護職員等処遇改善加算が一本化され、令和7年度には新たに「介護人材確保・職場環境改善等事業」(補助金)が措置されています。

    一方、現場の経営者の実感は厳しいものがあります。介護報酬の引上げ幅は他産業の賃上げ率に追いつかず、処遇改善加算の配分対象も限定的。「制度はあるが、原資が足りない」という構造的なジレンマが続いています。

    にもかかわらず、賃上げを後回しにすれば、採用市場では他産業に人材を奪われ、離職率は上がり、結果として採用コスト(1人あたり50〜100万円とも言われる)が経営を圧迫します。賃上げはもはや「やった方が良い施策」ではなく、「やらなければ事業継続ができない経営の生命線」です。

    本記事は、加算と補助金だけに頼らず、配分設計・生産性向上・単価改善・離職コスト削減・評価制度までを組み合わせて、現実的に賃金水準を上げるための実務ガイドとしてまとめました。

    01介護業界の賃金水準と「全産業平均との差」の現在地

    まず数字で現在地を確認します。厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」によれば、介護職員(ホームヘルパー・福祉施設介護員)の月例給与は全産業平均と比較しておよそ月額10万円前後の差があります。年収換算では100万円を超える格差です。

    業種別 平均賃金の比較:介護・全産業平均・医療の月額平均賃金
    図1:業種別 月例平均賃金の比較(概念図/出典:厚生労働省 令和5年賃金構造基本統計調査)

    処遇改善加算による底上げの実績と限界

    処遇改善加算(旧3加算)の累積効果により、2012年以降の介護職員の月例給与は累計で月額8〜9万円分の改善が図られてきました。これは制度として大きな成果である一方、依然として全産業平均との差は埋まっておらず、加算のみで賃金水準を全産業並みに引き上げることは構造的に不可能であることが明らかになっています。

    02賃上げ原資をつくる7つの施策

    ここからが本論です。賃上げの原資を作るには、「収入を増やす」「コストを減らす」「配分を最適化する」の3方向から複数施策を組み合わせる必要があります。情熱介護編集部が中小介護事業者向けに整理した7施策を紹介します。

    賃上げを実現する7つの施策:加算最大化・補助金活用・配分設計・生産性向上・単価改善・離職コスト削減・評価制度
    図2:賃上げを実現する7施策マップ
    Action 01処遇改善加算の上位区分への移行
    背景となる課題

    新加算Ⅴ(経過措置)やⅢ・Ⅳのまま据え置かれている事業所が多く、本来取得可能な加算率を取り切れていない。

    具体的な打ち手
    • キャリアパス要件Ⅰ〜Ⅳの充足状況を棚卸し
    • 職場環境等要件の取組実績を文書化
    • 未充足要件への対応計画を3ヶ月単位で実行
    原資への効果

    新加算Ⅲ→Ⅰへの移行で加算率は約6〜10ポイント上昇。月収100万円の事業所なら月額6〜10万円の追加原資。

    Action 02介護人材確保・職場環境改善等事業(補助金)の活用
    背景となる課題

    令和7年度から本格運用された補助金が、申請手続きの煩雑さから未活用のまま終わっているケースが目立つ。

    具体的な打ち手
    • 令和6年12月時点の総報酬を基準月として把握
    • 都道府県の公募スケジュールを確認し早期に申請準備
    • ケアマネ・訪問看護等、加算対象外職員への配分計画を策定
    原資への効果

    加算対象外サービスを含む全職員への一時金原資を確保。30名規模で年間数百万円規模の追加原資となる事例あり。

    Action 03配分設計の見直し(既存賞与・手当との統合)
    背景となる課題

    加算・補助金は入っているが、既存賞与と相殺されたり、配分が不透明で職員の実感賃上げにつながっていない。

    具体的な打ち手
    • 賃金台帳で『加算による改善額』を分離して可視化
    • 月例給と一時金の比率を経営判断で再設計
    • 職員説明会で配分根拠を開示し納得感を醸成
    原資への効果

    同じ原資でも『月例給アップ』と見せ方を変えるだけで職員の賃上げ実感は大きく向上。離職抑止に直結。

    Action 04介護テクノロジー導入による生産性向上
    背景となる課題

    人手不足のなか、加算取得や配置基準維持のために残業・夜勤手当が膨張し、結果として原資が圧迫される構造。

    具体的な打ち手
    • 見守りセンサー・インカム・記録ソフトの三点セット導入
    • 『介護テクノロジー導入支援事業』(補助率1/2)の活用
    • 業務削減時間を時給換算し、削減コスト分を賃上げ原資に振替
    原資への効果

    夜勤帯1名あたり月10〜20時間の業務削減事例あり。残業手当・夜勤手当の最適化で年間数十万円の原資創出。

    Action 05サービス単価・稼働率の改善(収益改善)
    背景となる課題

    赤字事業所の多くは、加算取得・空床対策・地域区分の最適化など、収益サイドの打ち手が手付かずのまま残っている。

    具体的な打ち手
    • 算定可能な加算(特定処遇・科学的介護推進体制等)の取りこぼし点検
    • 稼働率90%超を目標にしたケアマネ・地域包括との連携強化
    • ショート・デイ・訪問の複合サービス化で稼働平準化
    原資への効果

    稼働率3ポイント改善で月収50〜80万円の増収。その一部を直接賃上げに振り向け可能。

    Action 06離職率低下による採用コストの削減と再投資
    背景となる課題

    採用コスト(媒体費・紹介手数料・教育コスト)が年間数百万円規模で発生しているが、賃上げの対象にできていない。

    具体的な打ち手
    • 離職率を年率20%→10%に下げる定着施策を実装
    • 削減できた紹介手数料(1名60〜100万円)を賃上げ原資に明示転用
    • 削減効果を職員に開示し『定着が皆の賃金を上げる』文化を醸成
    原資への効果

    30名規模で年間3〜5名の離職減なら、年間200万円以上の採用コスト削減=賃上げ原資。

    Action 07評価制度と連動した昇給設計
    背景となる課題

    一律配分では『頑張っても報われない』感が広がり、中核人材から離職するという最悪のパターンが起きやすい。

    具体的な打ち手
    • 等級・役割・成果の3軸で簡易な評価表を整備
    • 昇給は年1回、定期昇給+評価連動の2階建てに設計
    • 評価面談で『次に上がるための基準』を明示
    原資への効果

    同じ原資でも傾斜配分により『キャリア形成と賃上げの接続』が実現。中堅職員の定着率が大きく改善。

    03原資シミュレーション:30名規模・月例給+1万円のケース

    7施策を組み合わせると、実際にいくらの原資が必要で、どこから捻出できるのか。30名規模の特養/老健/グループホーム等を想定したシミュレーションを示します。

    必要原資(年間)

    月例給+1万円×職員30名×12ヶ月=年間360万円。さらに法定福利費(おおむね15%)を上乗せすると約414万円が年間必要原資となります。

    7施策からの原資創出(試算)

    施策年間想定原資備考
    ① 処遇改善加算の上位区分移行(Ⅲ→Ⅱ)+180万円加算率+約3pt × 月収500万円相当
    ② 介護人材確保・職場環境改善等事業(補助金)+90万円加算対象外職員含む一時金原資
    ③ 配分設計見直し(既存賞与の月額化)0円(再配分)見せ方の最適化で実感向上
    ④ 介護テクノロジー導入による残業削減+60万円月5万円×12ヶ月の残業削減
    ⑤ 稼働率2pt改善による増収+80万円月収増の20%を賃上げに振替
    ⑥ 離職減による採用コスト削減+120万円紹介手数料2名分の削減を転用
    ⑦ 評価制度連動の傾斜配分0円(再配分)原資総額は同じ/中核層厚め
    合計+530万円目標414万円を上回る試算

    04配分設計の3原則 ―「公平」と「納得」の両立

    原資を作っても、配分を誤れば「賃上げをしたのに不満が増えた」という最悪の結果になります。30名規模の現場で繰り返し検証されてきた配分の3原則を紹介します。

    原則1:月例給を厚く、一時金は薄く

    職員の生活実感に直結するのは月例給です。同じ年収でも、月給25万+賞与60万と、月給20万+賞与120万では、住宅ローン審査も生活設計も大きく変わります。賃上げの基本は「月例給ベースアップ」に置き、一時金は実績連動の上乗せに留めるのが望ましい設計です。

    原則2:基本給と手当のバランスを再設計

    夜勤手当・処遇改善手当・職務手当などが乱立すると、基本給が低く抑えられ、退職金・賞与・社会保険給付の基礎が痩せていきます。長期的な総報酬で見れば職員の不利益となるため、定期的な手当統廃合と基本給への組み込みを進めるべきです。

    原則3:配分根拠を全職員に開示する

    「なぜこの金額になったのか」「次に上がるためには何をすれば良いのか」を職員に説明できない配分は、不信を生みます。等級・評価・配分のロジックを文書化し、年1回の全体説明会で開示する仕組みが、納得感と定着の両方を支えます。

    05やってはいけない3つの失敗パターン

    失敗1:加算分を既存賞与と相殺する

    処遇改善加算で原資が増えたにもかかわらず、既存の賞与を減額して相殺すれば、職員の実感賃上げはゼロです。加算は監査・実績報告で「賃金改善額」を明示する必要があるため、相殺は制度上もリスク。賃金台帳で改善額を必ず分離管理してください。

    失敗2:一律配分でお茶を濁す

    「一律で配るのが一番公平」という発想は、実は最も中核人材の不満を生みます。新人とベテラン、リーダーと一般職員、夜勤を多く担う職員と日勤専従の職員――役割と貢献の違いを反映しない配分は、中堅層から先に辞めていく原因になります。

    失敗3:賃上げの説明を施設長任せにする

    配分根拠の説明は、本来経営層の責任です。施設長個人が職員からの質問に追われ、説明しきれず混乱が広がるケースは少なくありません。配分ロジックの整備と説明資料の作成は、経営会議の議題として正式に位置づけてください。

    06実務ロードマップ ― 12ヶ月で賃金水準を上げる手順

    第1四半期(1〜3ヶ月目):現状把握

    • 処遇改善加算の現在区分と未充足要件の棚卸し
    • 離職率・採用コスト・残業時間の数値化
    • 賃金台帳から「全産業平均との差額」を職種別に算出

    第2四半期(4〜6ヶ月目):原資設計

    • 7施策ごとの想定原資を試算(本記事§3を参考)
    • 顧問社労士・税理士と賃金規程改定の方向性をすり合わせ
    • 補助金・介護テクノロジー導入支援事業の申請準備

    第3四半期(7〜9ヶ月目):制度整備

    • 等級・評価・配分のロジックを文書化
    • 賃金規程・就業規則の改定案を労使協議
    • 職員説明会の準備(配分根拠と次年度方針)

    第4四半期(10〜12ヶ月目):実装と検証

    • 新賃金体系の運用開始(年度初め4月推奨)
    • 3ヶ月後・6ヶ月後の離職率・満足度の検証
    • 次年度の追加施策(特定処遇区分上げ等)の計画策定

    関連記事

    参考資料一覧

    1. 厚生労働省老健局長通知「介護職員等処遇改善加算に関する基本的考え方並びに事務処理手順及び様式例の提示について(令和7年度分)」(令和7年2月7日 老発0207第5号)
    2. 厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」
    3. 厚生労働省「介護人材確保・職場環境改善等事業」リーフレット(令和7年度)
    4. 厚生労働省「介護テクノロジー導入支援事業」案内資料
    5. 公益財団法人介護労働安定センター「令和6年度 介護労働実態調査結果」
    6. 社会保障審議会 介護給付費分科会 関連資料

    ※本記事の内容は、執筆時点で公表されている上記一次資料に基づきます。シミュレーション数値は概算であり、自施設への適用にあたっては顧問税理士・社労士・指定権者にご確認ください。

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