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    ケアの質・リスク管理 2026.07.30 約13分で読了

    【2026年版】介護事故の初動72時間ガイド
    市町村報告「5日以内」の判断・家族説明の順序・事故を起こした職員を辞めさせない体制

    深夜2時の電話。このあと施設長が下す判断の順序が、3か月後の状況を決めます。家族との関係が保たれるのか、賠償交渉になるのか。そして、その夜に対応していた職員が半年後もまだ在籍しているのか。事故発生から72時間の意思決定を時系列で整理します。

    深夜のナースステーションで電話を取る介護施設の夜勤職員
    深瀬久博
    執筆
    深瀬 久博 / 情熱介護 編集長
    介護福祉士・社会福祉士・認知症ケア専門士・産業ケアマネ(3級)・ストレスチェック実施者

    深夜2時に電話が鳴る。「Aさんが、ベッドの横で倒れています」。

    このあと施設長が下す判断の順序が、3か月後の状況を決めます。家族との関係が保たれるのか、賠償交渉になるのか。そして、そのとき対応していた職員が半年後もまだ在籍しているのか。

    介護事故に関する情報は、驚くほど法的責任の解説に偏っています。安全配慮義務、損害賠償、判例。もちろん重要です。ただ、事故が起きた夜に施設長が必要としているのは、法理論ではありません。何を、どの順番でやるかです。

    この記事では、事故発生から72時間の意思決定を時系列で整理します。あわせて、多くの記事が触れていない論点を1つ扱います。事故を起こした職員が、静かに辞めていくことです。

    本記事の前提

    本記事の制度情報は、厚生労働省「介護保険施設等における事故の報告様式等について」(令和3年3月19日/介護保険最新情報Vol.943、令和6年11月29日/同Vol.1332で標準様式を改訂)および各サービスの人員・設備・運営基準を基にしています。

    事故報告の具体的な基準・様式・提出方法は、保険者である市町村ごとに運用が異なります。 国の通知でも、標準様式に含まれない事故の報告については各自治体の取扱いによるものとされています。必ず自施設の管轄自治体の要領を確認してください。

    また、個別の事案における法的責任の有無・賠償の判断については、弁護士等の専門家にご相談ください。本記事は法的助言ではありません。

    01 最初の60分:やることは3つだけ

    事故発生直後、施設長が現場から求められるのは判断です。ただし、この段階で判断すべきことは3つに絞られます。

    ① 生命と身体の保全

    医療機関への搬送が必要か、配置医・オンコールに連絡すべきか。ここは現場の看護職員の判断を優先してください。施設長が迷って時間を使う場面ではありません。

    判断に迷ったら搬送する、というルールを平時に決めておくべき理由がここにあります。夜勤者に「施設長に確認してから」と考えさせると、確認の時間そのものが遅れになります。

    ② 現場の保存

    搬送や救護が落ち着いた段階で、現場の写真を撮ってください。

    • 発見時の体位(可能なら救護前に1枚)
    • 周囲の状況(床の濡れ、障害物、ベッドの高さ、柵の位置)
    • ナースコールの位置と、押された記録
    • 履物、車椅子のブレーキ状態

    これは責任追及のためではありません。逆です。時間が経つと、職員の記憶は「たしかブレーキはかけていたと思う」に変わります。記憶が曖昧になった状態で家族に説明すると、そこから信頼が崩れます。写真は職員を守る材料になります。

    ③ 記録の時刻を確定させる

    発見時刻、通報時刻、到着時刻、家族への連絡時刻。この4つを分単位で記録してください。

    後の説明で最も問われるのが「発見から連絡まで、なぜその時間がかかったのか」です。記録がなければ答えられません。記録があれば、たとえ時間がかかっていても説明できます。

    02 家族への連絡:60分以内、事実のみ

    運営基準では、サービスの提供により事故が発生した場合、速やかに市町村と入所者の家族等に連絡を行い、必要な措置を講ずることとされています。「速やか」の解釈で迷う施設が多いのですが、迷う時間そのものが不信を生みます。

    第一報で言うこと・言わないこと

    言うこと言わないこと
    何が起きたか(確認できた事実のみ)原因の推測
    現在の状態「大丈夫です」「問題ありません」
    今どこで、誰が対応しているか誰の責任か
    いつ、誰から次の連絡をするか「申し訳ありません」以外の謝罪表現

    謝罪について補足します。この段階での「申し訳ありません」は必要です。ただし、それは「不安な状況をお知らせすることになって申し訳ない」という意味の謝罪であって、責任を認める趣旨ではありません。

    一方で、初動で施設側が責任を認める発言をし、後日「法的責任はない」と回答を変えたことが、紛争の起点になった事例が報告されています。言葉を選ぶのではなく、「原因は調査中である」と言い切るのが最も安全です。

    第一報は施設長がかけてください

    夜勤者にかけさせないでください。理由は2つです。

    事故対応の説明を、事故の当事者にさせてはいけません。これは職員を守るためです。そしてもう1つ、家族側から見て「責任者が出てこない」ことが、最も不信を招きます。

    深夜であっても、施設長が自分の名前で連絡してください。それだけで、その後の交渉の温度が変わります。

    03 市町村への報告:5日以内という目安と、報告するかの判断

    報告のタイミング

    国の通知では、第一報は標準様式の1から6の項目までについて可能な限り記載し、事故発生後速やかに、遅くとも5日以内を目安に提出することとされています。

    その後、状況の変化等に応じて追加の報告を行い、事故の原因分析や再発防止策等については、作成次第報告することになります。

    利用者の死亡に至る事故など、生命等に係る緊急性・重大性の高いものについては、5日を待たずに直ちに電話で第一報を入れる運用としている自治体があります。この扱いは自治体ごとに定められているため、自施設の要領を確認してください。

    「報告すべき事故」の判断

    ここが実務上、最も判断が分かれるところです。標準様式では報告対象の目安として、医師(施設の勤務医、配置医を含む)の診断を受け、投薬・処置等何らかの治療が行われた場合などが挙げられています。

    そして重要な点として、それ以外の事故の報告については、各自治体の取扱いによるものとされています。つまり、国が一律の線を引いていない領域があります。

    実務上の推奨は明確です。迷ったら報告してください。

    報告しなかった事故が後から発覚した場合、問われるのは事故そのものではなく「なぜ報告しなかったのか」になります。運営指導や監査の場面で、隠蔽を疑われる余地を残すのは、経営判断として不合理です。

    標準様式が改訂されています

    令和6年11月29日付で、標準報告様式が改訂されました。選択式の項目がチェックボックス形式に修正され、市町村が独自に収集したい情報を追加できるよう、独自項目追加欄・独自選択肢欄が設けられています。

    古い様式のテンプレートを事業所内で使い回している場合、差し替えが必要です。

    04 賠償と保険:平時に確認しておく3点

    事故が起きてから保険証券を探す施設が、実際にあります。以下は、今日のうちに確認できることです。

    ① 加入している保険の補償範囲

    施設賠償責任保険に加入していても、補償の範囲は契約により異なります。特に確認すべきは、

    • 免責金額(1事故あたりの自己負担額)
    • 支払限度額(1事故あたり・保険期間中の総額)
    • 対人・対物の区分
    • 弁護士費用が補償対象か

    免責金額を把握していないと、家族への対応方針を立てられません。

    ② 就業規則の賠償条項

    見落としがちな論点です。施設の就業規則に、職員が利用者や第三者に損害を与えた場合、法人と連帯して賠償する旨の規定を置いている施設が少なくありません。

    この条項が存在すること自体は違法ではありませんが、事故が起きたときに職員がこの条項の存在を知ると、現場から報告が上がらなくなります。自分の給料から引かれるかもしれないと考えれば、当然です。

    条項の見直しをすぐに行う必要はありませんが、現在どうなっているかを施設長が把握していないのは危険です。

    ③ 誰が窓口になるか

    家族対応の窓口を1人に固定してください。複数の職員が別々に説明すると、説明の食い違いが必ず生じます。そして食い違いは、それ自体が新たな争点になります。

    窓口は施設長、記録係は別の管理職。この2名体制を平時に決めておいてください。

    05 見落とされる論点:事故を起こした職員が辞めます

    ここが、この記事で最もお伝えしたい部分です。

    介護事故に関する解説記事を読み比べると、職員について書かれていることはほぼ1つに集約されます。「解雇できるか」「懲戒処分の妥当性」です。

    現場で実際に起きていることは、その逆です。施設が処分を検討する前に、当該職員が自分から辞めていきます。

    何が起きているのか

    事故に立ち会った職員は、その日から以下の状態に置かれます。

    • 自分の判断ミスだったのではないかと繰り返し考える
    • 事故報告書の作成で、自分の行動を何度も文章化させられる
    • 家族が来訪するたびに、姿を見られたくないと感じる
    • 同僚から気を使われることが、かえって責められているように感じる
    • 「あの人が担当していたときに起きた」という事実が施設内に残り続ける

    医療分野では、患者の有害事象に関与した医療者が深刻な心理的影響を受ける現象が古くから指摘されてきました。介護現場でも構造は同じです。ただし介護施設には、医療機関ほどこの視点が浸透していません。

    そして、静かに辞めます

    辞める理由として「事故のことがつらくて」と言う職員は、ほとんどいません。言うのは「家庭の事情で」「体力的に」です。

    だから施設長には、事故と離職が結びついて見えません。事故対応は無事に終わったと記録され、3か月後に1人減っています。

    これは定着の問題として認識されていないため、対策も取られていません。

    施設長がやるべき4つのこと

    1. 事故当日、当該職員と1対1で話す

    内容は事実確認ではありません。「大丈夫か」だけです。事実確認は別の日、別の人が行ってください。同じ場で両方やると、心配が尋問に変わります。

    2. 責任の所在を明示する

    「施設の体制の問題として扱います」と、言葉にして伝えてください。曖昧にすると、職員は最悪の解釈をします。実際に本人の重大な過失があった場合でも、それを本人に伝えるのは調査が終わった後です。

    3. 家族対応から外す

    当該職員に説明させない、家族の前に立たせない。これを守ってください。守れない事情がある場合は、必ず施設長が同席してください。

    4. 事故報告書を1人で書かせない

    原因分析を当事者1人にやらせるのは、自己批判の文書を書かせることと同じです。管理職が同席して、一緒に作成してください。

    報告が上がる施設になるために

    そもそも、ヒヤリハットが上がってこない施設で重大事故は起きます。そして報告が上がらない理由は、職員の意識ではなく、報告した人が責められた過去があるかどうかです。

    事故発生時に職員をどう扱ったかは、施設内で必ず共有されます。1件の対応が、その後の報告文化を決めます。この構造については現場の空気が、重い|介護現場の心理的安全性を取り戻す7つの実践で扱っています。

    06 平時に決めておく5つのこと

    事故対応の質は、事故が起きてからの努力では決まりません。以下が決まっていれば、深夜の判断は速くなります。

    決めること決め方
    搬送判断の基準「迷ったら搬送」を明文化。夜勤者の判断を後から責めないと明記
    施設長への連絡基準どの事象で、夜間でも連絡するか。時刻に関係なく連絡すべき事象を列挙
    家族への第一報の担当施設長。不在時の代行者を氏名で指定
    家族対応の窓口と記録係窓口1名・記録係1名を固定。役職で指定
    当該職員のフォロー担当事故対応の指揮者とは別の管理職を割り当てる

    最後の行が、多くの施設に存在しない項目です。事故対応の指揮を執る人と、職員の心情を受け止める人を分けてください。同じ人がやると、必ず前者が優先されます。

    家族が過大な要求に転じた場合

    謝罪や説明を尽くしても、要求が常識的な範囲を超える場合があります。2026年10月からはカスタマーハラスメント対策が事業者の義務となり、対応の枠組みが変わります。事故対応と切り分けて考える必要があるため、介護事業所のカスハラ対策完全実装ガイドを参照してください。

    また、事故対応と虐待の境界について判断が必要な場面では、介護施設の身体拘束ゼロ・虐待防止 完全ガイド2026で整理しています。

    07 参考資料

    • 厚生労働省「介護保険施設等における事故の報告様式等について」(令和3年3月19日/介護保険最新情報Vol.943)
    • 厚生労働省 介護保険最新情報Vol.1332(令和6年11月29日/標準報告様式の改訂)
    • 各サービスの人員、設備及び運営に関する基準(厚生労働省令)
    • 各市町村が定める事故報告取扱要領
    編集長メッセージ

    施設長時代、夜中の電話で最初に考えたのは、正直に言えば利用者の状態ではありませんでした。「家族にどう言うか」でした。今でもそのことを、良かったとは思っていません。

    ただ、もう1つ、当時まったく考えていなかったことがあります。その夜に対応していた職員が、どんな気持ちで朝を迎えたかです。

    あとになって、その職員が辞めました。理由は「家庭の事情」でした。私はそれを、事故とは別のこととして記録に残しました。今なら、別のことではなかったと分かります。

    事故は、防ぎきれません。防ぎきれないものが起きたあと、誰を守るのかは選べます。利用者とご家族を守ることと、職員を守ることは、対立しません。順番を間違えなければ、両方できます。

    情熱介護 編集長 深瀬 久博

    深瀬久博
    深瀬 久博
    情熱介護 編集長 / 介護現場マネジメント講師

    最終更新:2026年7月30日 / 情熱介護編集部