【2026年10月施行】
介護・障害福祉施設の社会保険適用拡大
賃金要件の撤廃で何が変わるか・企業規模要件の撤廃は2027年10月から・事業主負担増の試算と5つの対応手順
2025年6月に成立した年金制度改正法により、2026年10月から短時間労働者の社会保険加入要件のうち、賃金要件(月額8.8万円以上)が撤廃されます。企業規模要件の段階的撤廃は2027年10月から始まります。介護施設の事業主負担はどれだけ増えるのか、何をいつまでに準備すべきかを整理します。

この記事でわかること
- 2026年10月から始まる社会保険適用拡大の全体像
- 「企業規模要件の撤廃」が介護施設に与える具体的な影響
- パート1人あたりの事業主負担増を簡易試算する方法
- 従業員の「働き控え(106万円・130万円の壁)」への向き合い方
- 10月までに施設長がやるべき5つの実装ステップ
- 従業員説明・労働条件通知書・就業規則の改定ポイント
はじめに:これは「人事の話」ではなく「経営の話」だ
「社会保険の適用拡大、うちは関係ないよね?」――そう思っている施設長ほど、今回の改正は要注意だ。
2025年6月13日に成立した年金制度改正法(正式名称「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」)により、短時間労働者への社会保険(厚生年金・健康保険)適用が、2026年10月から段階的に拡大される。
これまでも繰り返し進められてきた「適用拡大」だが、今回は介護・障害福祉のようにパート・短時間労働者が現場を支えている業界に対して、特に大きなインパクトがある。
事業主負担(社会保険料の会社負担分)は、今回の改正で「確実に増える」。2026年10月施行なので、負担は今年度の下半期から発生する。2027年度の話だと考えていると、年度途中で資金繰りが苦しくなる。
適用拡大は、介護経営における新たな「固定費」の出現だ。
2026年10月からどう変わるのか
最初に、最も誤解されている点を整理する。
2026年10月に施行されるのは、賃金要件の撤廃だけだ。企業規模要件の撤廃も、個人事業所への適用拡大も、2026年10月ではない。
施行スケジュールの全体像
| 施行時期 | 内容 |
|---|---|
| 2026年10月1日 | 短時間労働者の賃金要件(月額8.8万円以上)を撤廃 |
| 2026年10月1日 | 事業主が保険料を労使折半を超えて負担できる特例の開始(後述) |
| 2027年10月1日 | 企業規模要件を51人以上から36人以上へ |
| 2029年10月1日 | 企業規模要件を21人以上へ/個人事業所(常時5人以上)の非適用業種を解消 |
| 2032年10月1日 | 企業規模要件を11人以上へ |
| 2035年10月1日 | 企業規模要件を完全撤廃(全企業が対象) |
個人事業所の適用拡大については、2029年10月の施行日時点ですでに存在している事業所は、経過措置として当分の間は適用対象外とされている。
2026年10月時点の加入要件
現行と改正後を並べる。
| 要件 | 2026年9月まで | 2026年10月から |
|---|---|---|
| 企業規模 | 厚生年金被保険者51人以上 | 変わらず51人以上 |
| 週の所定労働時間 | 20時間以上 | 変わらず20時間以上 |
| 月額賃金 | 8.8万円以上 | 要件そのものが消滅 |
| 雇用期間 | 2か月超の見込み | 変わらず |
| 学生 | 学生は対象外 | 変わらず |
つまり2026年10月以降、51人以上の法人では、週20時間以上働いていれば賃金の多寡を問わず加入対象になる。
「うちは50人以下だから関係ない」は、2027年9月までは正しい
ここが記事として最も伝えたい点だ。
企業規模要件は2026年10月時点では変わらない。厚生年金被保険者が50人以下の法人は、2027年9月までは対象外のままだ。
ただし2027年10月に36人以上へ引き下げられ、そこから2035年10月の完全撤廃まで段階的に進む。「関係ない」のではなく「順番が回ってくる時期が決まっている」というのが正確な理解になる。
自法人の厚生年金被保険者数を確認し、上の表のどこで対象になるかを今のうちに把握しておきたい。
判定基準が「時間」だけになる意味
賃金要件が消えることで、実務上の変化が起きる。
これまでは「週20時間以上」と「月8.8万円以上」の両方を満たすかを見る必要があった。2026年10月以降は、週の所定労働時間だけで判定できる。
これは行政側から見ても同じだ。年金事務所の調査では、勤怠記録と被保険者資格の突き合わせだけで未加入が判明する。判定に賃金の計算が要らなくなるためだ。
社会保険の加入は、要件を満たした時点まで遡って適用される場合がある。本人が加入を望まなかったという理由は通らない。週20時間以上のパート職員の勤怠を、月次で確認する運用に切り替えておきたい。
介護施設への影響:事業主負担はどれだけ増えるか
抽象論ではイメージしづらいので、典型的な介護施設のパート職員を例に試算してみる。
試算例:これまで対象外だった職員が加入すると
賃金要件の撤廃で新たに対象になるのは、週20時間以上働きながら月額賃金が8.8万円未満だった職員だ。介護現場では、時給の高い有資格者が短時間勤務しているケースや、扶養の範囲を意識して賃金を抑えていたケースが該当しやすい。
事業主負担の目安は、月額賃金に対しておおよそ次の割合になる。
| 項目 | 事業主負担の率 |
|---|---|
| 健康保険料(協会けんぽ) | 約5%前後(都道府県により異なる) |
| 厚生年金保険料 | 9.15% |
| 子ども・子育て拠出金 | 0.36% |
| 合計 | 約14〜15% |
※協会けんぽの保険料率は都道府県ごとに異なり、40歳以上は介護保険料分が加わります。正確な額は必ず協会けんぽの料率表で確認してください。
注意点:標準報酬月額には下限があります。
社会保険料は実際の賃金額ではなく「標準報酬月額」に基づいて計算されます。この標準報酬月額には等級ごとの下限が設定されており、賃金が低い場合でも下限額で計算されます。
つまり月額賃金が非常に低い職員でも、保険料は賃金額に単純比例するわけではありません。新たに対象になる職員の負担額を試算する際は、標準報酬月額の等級表で該当等級を確認してください。日本年金機構および協会けんぽが等級表を公開しています。
10人が新たに対象になれば年間で数十万円から百数十万円規模、20人ならその倍の負担増になります。これが恒常的な固定費として乗ります。
介護現場特有の論点:「壁」の位置が変わる
無視できないのが、従業員側の反応だ。社会保険に加入すると、本人負担分の保険料が手取りから引かれる。
ただし、よく語られる「106万円の壁」の理解には注意が必要だ。2026年10月に撤廃されるのは、まさにその壁である。月額8.8万円(年収換算で約106万円)という賃金要件がなくなるため、「106万円を超えないように働く」という調整そのものが意味を持たなくなる。
代わりに残るのは、次の2つだ。
- 週20時間の線:これは変わらない。加入を避けたい職員は労働時間で調整することになる
- 130万円の壁:健康保険の被扶養者認定の基準。これは別制度なので残る
つまり職員の行動は、「賃金を抑える」から「労働時間を抑える」へシフトする可能性がある。
介護施設にとっては、こちらのほうが深刻だ。賃金を抑えるだけなら現場の人員数は変わらないが、労働時間を抑えられると、シフトに入れる時間が直接減る。事業主負担増と人員不足が同時に起きる構図になる。
なお、2026年4月からは「130万円の壁」の扶養認定について、判定基準の運用が見直されているとの解説もあります。詳細は健康保険の保険者(協会けんぽまたは健康保険組合)に確認してください。
事業主が保険料を多く負担できる特例が新設されます
働き控えへの対策として、今回の改正には注目すべき仕組みが含まれている。
年金制度改正法では、適用拡大に伴い保険料の負担割合を変更することで労働者の保険料負担を軽減できることとし、労使折半を超えて事業主が負担した保険料を制度的に支援する措置が盛り込まれた。2026年10月からの開始とされている。
つまり、「手取りが減るのが不安だ」という職員に対して、事業主が保険料を多めに負担することで手取り減を緩和できる選択肢が生まれる。しかもその事業主負担に対して国の支援がある。
ただし、この仕組みは時限措置とされており、支援の要件・金額・申請方法は政省令等で定められます。活用を検討する場合は、厚生労働省または日本年金機構の最新の案内を確認し、社会保険労務士に相談してください。本記事の執筆時点では、制度の詳細な運用が確定していない部分があります。
とはいえ、「手取りが減る」という説明しかできない状態と、「事業主が一部を追加負担する選択肢もある」と伝えられる状態では、職員との対話の質が変わります。存在を知っておくことに意味がある制度です。
施設長が10月までにやるべき5つの実装ステップ
ステップ①:自施設が「いつ」「誰が」適用対象になるか棚卸しする
まずは全パート・短時間労働者について、週所定労働時間・月額賃金・契約期間・学生かどうかを一覧化する。そのうえで、「2026年10月時点で新たに被保険者になる人」「現時点ですでに対象の人」「今後の労働時間次第で対象になりうる人」に分類する。
この棚卸しがないまま10月を迎えると、加入漏れ・遡及加入というリスクが現実化する。年金事務所からの調査時に最も問題になる論点なので、最優先で着手したい。
ステップ②:事業主負担を試算し、今年度下期と2027年度の両方に反映する
ステップ①で抽出した「新たに対象となる職員」について、月額賃金から保険料の事業主負担を試算する。協会けんぽの料率表とおおよその年金料率(9.15%)で十分概算できる。
その合計を「社会保険料増加分」として独立科目で計上する。このとき、2026年度下期分(10月〜翌3月の6か月分)と2027年度分(12か月分)を分けて出してください。施行が年度途中のため、初年度は半年分しか計上されません。翌年度に金額が倍になることを、あらかじめ見込んでおく必要があります。
ステップ③:従業員向け説明会を施行前に終わらせる
従業員にとって最大の関心事は、「手取りがいくら変わるか」だ。施設長が黙っていると、現場ではSNSや家族からの不正確な情報で不安が広がる。
施行前に、対象となるパート職員全員に対して、最低でも次の3点を説明する場を設ける。
- あなたは10月から社会保険の対象になる/ならない
- 対象になる場合、手取りは概算でいくら変わるか
- 厚生年金加入による将来の年金額への影響
「手取り減」ばかりが強調されがちだが、厚生年金は本人の将来の年金額を増やし、傷病手当金や出産手当金など健康保険の給付も受けられるようになる。メリットも併せて説明することが信頼関係を保つカギになる。
ステップ④:労働条件通知書・雇用契約書・就業規則を改定する
適用拡大に合わせて、次の書面の見直しが必要になる。
- 労働条件通知書/雇用契約書:社会保険の加入有無の記載を最新化
- 就業規則・賃金規程:被保険者の範囲、保険料控除の取り扱いを明文化
- 新規採用時の説明資料:適用条件をわかりやすく整理した1枚資料を用意
就業規則の変更は労働者代表からの意見聴取・労基署への届出が必要になる。社労士と連携している場合は早めに相談に入りたい。
ステップ⑤:シフト設計・人員配置を「壁を意識せず」設計し直す
これまで「106万円を超えないように」「週20時間未満に抑えるように」とシフトを組んでいた施設は、改めてシフトの組み方そのものを見直すタイミングだ。
適用拡大が進む方向の中では、「壁を避ける」ことを前提にした人員設計はいずれ通用しなくなる。むしろ、希望する職員には「フルタイムに近い働き方」を選んでもらい、社会保険の加入と引き換えに賃金・将来年金を底上げする方向へ転換した方が、中長期では人材定着につながる。
同時に確認しておきたい3つの周辺論点
① キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)
適用拡大により新たに被保険者となる短時間労働者について、賃金引き上げ・労働時間延長などの措置を取った場合に支給される助成金がある。要件・金額は年度ごとに更新されるため、最新の厚生労働省パンフレットを確認のうえ、活用余地があれば申請計画に組み込みたい。
② 処遇改善加算の配分ルールとの整合
処遇改善加算でパート職員にも配分している施設は、社会保険適用に伴う手取り減と処遇改善加算による賃上げが、職員視点でどう見えるかを整理しておきたい。「加算で上がった分が保険料で消える」と感じさせない説明設計が重要になる。
③ 経営情報報告・財務シミュレーションへの反映
2025年から義務化されている経営情報報告にも、社会保険料の増加は法定福利費として反映される。中期経営計画・3年間財務シミュレーションを更新する施設は、2026年下期・2027年度の人件費インフレ要因として明示的に織り込んでおきたい。
施設長の確認リスト
- 自法人の厚生年金被保険者数を確認し、施行スケジュール表のどこで対象になるか特定した
- 2026年10月時点で自法人が対象になるか(51人以上か)を確認した
- 全パート・短時間労働者の労働時間・月額賃金を一覧化した
- 新たに加入対象となる職員を抽出した
- 1人あたり・全体での事業主負担増を概算試算した
- 2027年度予算に「社会保険料増加分」を独立計上した
- 施行前の従業員説明会のスケジュールを決めた
- 労働条件通知書・就業規則の改定担当を決めた
- キャリアアップ助成金の活用可否を確認した
参考資料
- 厚生労働省「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」(2025年6月13日成立)
- 厚生労働省「社会保険の加入対象の拡大について」
- 日本年金機構「厚生年金保険の標準報酬月額等級表」
- 全国健康保険協会(協会けんぽ)「保険料率」
編集長より
社会保険の適用拡大は、介護経営にとって「やってくる嵐」のような制度改正だ。
しかし、嵐が来るとわかっていれば、できる準備は山ほどある。
私が現場で見てきた中で、こうした制度対応で混乱する施設には共通点がある。「施行直前まで動かない」ことだ。
施行直前に慌てて従業員に説明し、手取りが減ることへの不満が噴出し、退職が出る――この最悪のパターンを避けるためには、棚卸しを先に済ませておくことしかない。
事業主負担が増えるのは確かにつらい。けれど、適用拡大は本来、パートとして現場を支えてくれている職員の将来の年金や医療保障を厚くする制度でもある。
「会社のコスト」と「職員の将来」の両方の視点を持ったうえで、説明と準備に時間をかけられる施設長が、改正後の現場でも信頼を保てる。