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    経営・事業承継・M&A 2026.05.22 約20分で読了

    介護施設の、M&A・事業承継ガイド2026
    ――後継者不在・倒産回避のための売却準備と『失敗しない』9つの実務ポイント

    介護事業の経営者は60〜70代が中心層。後継者不在のまま体力の限界を迎え、結果として『売り急ぎで買い叩かれる』『廃業を選ばざるを得ない』事業所が年々増えています。M&A・事業承継は準備3年・実行1年の長期戦。本記事では、事業価値の高め方、売却プロセス、仲介会社の選び方、従業員・利用者の引継ぎ、親族内/MBO/第三者承継の使い分けまで、編集長・深瀬久博が経営者目線で整理します。

    介護施設の経営者が後継候補と会議室で握手を交わし、契約書類を前にして承継合意の場面
    深瀬久博
    執筆
    深瀬 久博 / 情熱介護 編集長
    介護福祉士・社会福祉士・認知症ケア専門士・産業ケアマネ(3級)・ストレスチェック実施者
    編集長より事業承継は『売却』のことだけではありません。本質は『創業者が築いた現場と利用者の暮らしを、次の誰かに繋ぐ』こと。お金の話より先に、『誰に・何を・どう渡すか』を言語化することから始まります。本記事は、その整理を進めるための実務ガイドです。

    1. 介護業界の事業承継、何が起きているか

    経営者の高齢化と後継者不在

    中小企業庁・帝国データバンク等の調査で、中小企業全体の後継者不在率は約5〜6割。介護・福祉領域も同様の構造で、創業期に立ち上げた経営者の引退時期が一斉に到来しています。次世代候補(親族/幹部職員)がいない事業所では、第三者承継(M&A)か廃業の二択に追い込まれます。

    『廃業よりM&A』が標準解になりつつある

    廃業は職員の雇用喪失・利用者の行き場喪失・地域からの拠点消滅を伴います。一方で第三者承継は、買い手企業の経営資源で事業継続が可能。国は『事業承継・引継ぎ支援センター』を全国に設置し、中小・小規模事業者のM&A・承継を後押ししています。介護領域でも、同業大手・異業種参入企業からの買収ニーズは高水準で推移しています。

    売り急ぎは必ず買い叩かれる

    体力の限界・赤字転落・人手不足の限界点に達してから売却を相談すると、評価額は本来の半分以下になることも珍しくありません。『売る予定がなくても、いつでも売れる状態に整えておく』のが、経営者の最後の責任です。

    約5〜6割
    中小企業の後継者不在率(介護も同水準)
    出典:帝国データバンク/中小企業庁調査
    3年
    売却準備に必要な期間の目安(事業価値最大化)
    出典:編集部まとめ
    1〜2年
    第三者承継の実行プロセスにかかる平均期間
    出典:事業承継・引継ぎ支援センター公表値
    事業承継は、
    『売る』日のためではなく、
    『いつでも売れる』状態を作るためにある。

    2. 承継の『3類型』と判断軸

    類型① 親族内承継

    子・配偶者・兄弟姉妹への承継。理念の継承がしやすく、職員・利用者の安心感も高い。一方で、後継者の経営力・覚悟が問われる。5〜10年の育成期間を見込み、計画的にバトンを渡す設計が必要。

    類型② 社内承継(MBO・幹部承継)

    施設長・幹部職員への承継。現場理解が深く、引継ぎがスムーズ。課題は、後継者個人に株式買取資金がないこと。分割払い・持株会・MBOファンドの活用等、資金スキームの工夫が要点。

    類型③ 第三者承継(M&A)

    同業他社・異業種・投資ファンド等への譲渡。資金回収のスピードと買い手の経営力が魅力。一方で、理念・現場文化が大きく変わるリスクがあります。買い手の選定基準を売り手が握り切ることが、成功の分かれ目です。

    類型向くケース主な課題
    親族内後継候補が現にいる/理念継承を最優先育成期間・経営力・親族間調整
    社内(MBO)幹部職員に経営意欲がある/現場一体感を残したい株式買取資金・債務保証の引継ぎ
    第三者(M&A)後継不在/資金回収を優先/拡大資源が欲しい買い手の理念適合度・文化統合
    『どの類型が正解』ではなく、候補の有無・経営者の年齢・財務状況・職員と利用者にとっての最適解から逆算する。3つを並行検討した上で、最終的に1つを選ぶ姿勢が王道です。

    3. 事業価値を高める『9つの実務ポイント』

    財務アドバイザーと介護施設経営者夫妻が決算書とバランスシートを精査している場面
    評価額は『売る時』ではなく『普段の経営』で決まる。

    ポイント① 直近3期の決算を黒字基調に整える

    買い手は直近3期のEBITDA(営業利益+減価償却費)を最重要指標として見ます。赤字が続く事業所は評価額が大きく下がるため、売却検討の3年前から黒字化に集中することが、最大の価値向上策。

    ポイント② 稼働率(入居率)を継続的に高水準維持

    特養・老健・有料・サ高住等の入居系は稼働率90%以上が安定評価の目安。通所系・訪問系は利用者数・延べ利用日数の安定推移が重要。直近半年の数字でブレがあると、買い手は減額交渉してきます。

    ポイント③ 加算取得状況を最大化

    処遇改善加算・特定処遇改善加算・科学的介護推進体制加算・サービス提供体制強化加算・ADL維持等加算等を取得し切れているか。買い手は『取り損ねている加算の伸びしろ』もポジティブ材料として評価しますが、取得実績がある方が圧倒的に安心されます。

    ポイント④ 人員配置基準と職員定着率の安定

    人員配置基準ギリギリ・離職率高止まりの事業所は、引継ぎ後に崩壊するリスクとして大きく減額されます。離職率の改善採用力の底上げは、売却準備の必須項目。

    ポイント⑤ 行政指導・実地指導の履歴を整える

    過去の行政処分・指導歴はデューデリジェンスで必ず洗われます。是正対応の記録、改善計画書、現状の運営状況を書面で示せる状態にしておく。隠すと破談・損害賠償の原因になります。

    ポイント⑥ 不動産・建物・設備の整備

    建物の築年数・修繕履歴・耐震基準・消防適合を整理。土地が自社所有か借地かで評価が大きく変わります。借地の場合は地主との契約期間・更新条件を明確化。

    ポイント⑦ 簿外債務・隠れリスクの解消

    未払い残業代、退職金引当不足、訴訟係争、税務リスク、保険未加入など、簿外債務は売却価格を直接下げる要因。売却検討前に税理士・社労士・弁護士と棚卸しを行い、解消可能なものから順に処理。

    ポイント⑧ 経営の『見える化』と組織化

    経営者個人に依存している事業所(社長がいないと回らない)は『属人リスク』として大幅減額。組織図・職務権限規程・業務マニュアル・経営会議の定例化を整え、『仕組みで回る事業所』であることを示す。

    ポイント⑨ 中期事業計画と数字根拠の準備

    買い手は『この事業所を買うと、3〜5年後にどう成長するか』を見ます。自社で中期計画(売上・利益・新規加算取得・人員計画)を作っておくと、評価交渉の土台になります。

    4. M&Aの『標準プロセス』

    STEP1 準備(3〜12ヶ月)

    会計・税務・労務の棚卸し、株主整理、不動産権利関係の整理、中期計画策定。『売り出せる状態』にする工程。

    STEP2 仲介会社・アドバイザー選定(1〜3ヶ月)

    複数社から提案を取り、得意領域・手数料体系・実績・担当者の力量で選定。介護業界のM&A実績がある会社が前提条件。

    STEP3 ノンネーム打診〜候補企業選定(2〜6ヶ月)

    事業名を伏せた『ノンネームシート』で買い手候補へ打診。関心を示した候補と秘密保持契約(NDA)を結び、詳細情報を開示。複数候補と並行交渉が原則。

    STEP4 基本合意〜デューデリジェンス(2〜4ヶ月)

    買い手と基本合意書(LOI/MOU)を締結し、財務・法務・労務・ビジネスのデューデリジェンスを受け入れる。ここでの開示の精度が、最終条件を左右します。

    STEP5 最終契約〜クロージング(1〜3ヶ月)

    株式譲渡契約/事業譲渡契約を締結し、対価決済・経営権移転。表明保証条項の範囲をしっかり読み込み、過大なリスクを残さない。

    STEP6 PMI(統合プロセス、6〜24ヶ月)

    職員の不安解消、利用者・家族への説明、ブランド統合、業務システム統合、人事制度すり合わせ等。『売却して終わり』ではなく、ここから2年が本番です。

    5. 仲介会社の選び方(5つの軸)

    • 介護領域のM&A実績本数(大手他社の介護領域取扱件数)
    • 手数料体系(着手金/中間金/成功報酬/レーマン方式の率と最低額)
    • 仲介型/FA型(売り手専属アドバイザー)どちらか/併用可否
    • 担当者の介護業界経験年数とコミュニケーション相性
    • 買い手候補ネットワーク(同業/異業種/ファンドのバランス)
    『仲介型』は売り手・買い手双方から手数料を受け取るため、利益相反のリスクがあります。売り手の利益最大化を優先したいなら、『売り手専属(FA型)』のアドバイザーを選ぶ選択肢も必ず検討してください。

    6. 職員と利用者を守るための『6つの引継ぎ』

    承継間近の高齢の介護施設経営者が朝の静かな施設廊下を歩きながら振り返る場面
    承継の成否は『お金』ではなく『現場が幸せに残るか』で決まる。

    引継ぎ① 雇用条件の維持を契約に明記

    『現職員の給与・賞与・退職金・勤続年数を、譲渡後一定期間(通常2〜3年)は引き下げない』を契約条件に。これは買い手にとっても定着リスクを下げる合理的な条項です。

    引継ぎ② 職員への説明タイミングを設計

    クロージング直後〜数日以内に、経営者本人から全職員へ説明会を実施。新オーナーも同席し、雇用条件・運営方針を直接説明することで、不安を最小化。

    引継ぎ③ 利用者・家族への通知

    職員説明と同日〜数日以内に、書面と対面で説明。サービス内容に変更がないこと、担当職員が継続することを丁寧に伝える。

    引継ぎ④ 行政・関係機関への手続き

    指定権者への事業者変更届、関係機関(地域包括・居宅介護支援事業所・医療機関)への通知。漏れがあるとサービス提供に影響するので、専門家のサポート必須。

    引継ぎ⑤ 業務マニュアル・ノウハウの文書化

    創業者の頭の中にある『暗黙知』を承継前に文書化。ケアの考え方、苦情対応ノウハウ、行政対応の勘所などを引継ぎ書にまとめる。

    引継ぎ⑥ 経営者の『離れ方』を設計

    譲渡直後の急離脱は混乱を招きます。6ヶ月〜1年は顧問・相談役として関与し、徐々にフェードアウトするのが望ましい。一方、過度に居座ると新オーナーの経営を阻害するため、退任時期を契約で明記

    7. 失敗パターンと回避策

    失敗① 売り急ぎで買い叩かれる

    体調悪化・資金繰り逼迫の段階で動くと、必ず足元を見られます。健康なうちに準備を始めるのが鉄則。

    失敗② 1社の仲介だけで決めてしまう

    必ず2〜3社から提案を取り、評価額・条件・手数料を比較する。1社専任契約に焦って判子を押さない。

    失敗③ 隠していた簿外債務がデューデリジェンスで発覚

    未払い残業代・税務リスク・係争中の労務トラブルなどは隠さず先に開示。後で発覚すると損害賠償・契約解除になります。

    失敗④ 職員への説明が後手に回る

    風の便りで噂が広がり、エース職員が先に退職するパターン。クロージング直後の全体説明会+個別面談を必ずセットで設計。

    失敗⑤ 売却益の税務対策を後回しに

    株式譲渡益には約20%(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税)の税負担。退職金活用・資産管理会社活用などで節税余地があるため、税理士と売却の1〜2年前からシミュレーションを。

    8. 公的支援と相談先

    事業承継・引継ぎ支援センター

    国が全国都道府県に設置している無料の相談窓口。中小・小規模事業者の親族内承継・第三者承継の相談から、仲介会社マッチングまで対応。最初の相談先として最適。

    事業承継・引継ぎ補助金

    事業承継・M&Aに伴う専門家費用・設備投資費用の一部を補助する制度。年度ごとに公募内容が変わるため、中小企業庁・経産省の最新情報を確認。

    事業承継税制(特例措置)

    親族内承継に伴う株式の贈与税・相続税の納税猶予・免除制度。要件が複雑なので、認定経営革新等支援機関である税理士に相談を。

    9. 今すぐやるべき、3つのアクション

    No.アクション期限効果
    01後継者候補の有無を棚卸し(親族/幹部/第三者)今月中承継3類型の選択肢が見える
    02事業承継・引継ぎ支援センターに無料相談2ヶ月以内公的支援の全体像を把握できる
    03税理士・社労士と簿外債務の棚卸しを開始3ヶ月以内評価額の下振れ要因を解消できる

    10. 経営者セルフチェック10項目

    • 自分の引退時期(年齢)を具体的に決めている
    • 後継者候補の有無(親族・幹部・第三者)を棚卸し済み
    • 直近3期のEBITDA推移を経営会議で共有している
    • 稼働率・離職率・加算取得状況を月次でモニタしている
    • 簿外債務・未払い残業代等のリスクを把握している
    • 不動産権利関係(自社所有/借地)と修繕履歴を整理済み
    • 経営が経営者個人に過度依存していない(仕組みで回る)
    • 事業承継・引継ぎ支援センターへの相談を済ませた
    • 仲介会社/FAアドバイザーから2社以上の提案を取った
    • 税理士と売却時の税務シミュレーションを実施した
    編集長より、最後に事業承継は、経営者人生の『最後の最大の経営判断』です。値段の良し悪しだけでなく、職員の生活・利用者の暮らし・地域における事業所の役割――すべてを引き受ける覚悟で、3年単位で準備を進めてください。早く始めるほど、選択肢は広く、条件は良くなります。

    11. 参考資料・出典

    1. 中小企業庁「事業承継ガイドライン」「中小M&Aガイドライン」
    2. 独立行政法人 中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎ支援センター」公表資料
    3. 帝国データバンク「全国企業『後継者不在率』動向調査」
    4. 厚生労働省「介護事業経営実態調査」
    5. 国税庁「事業承継税制(特例措置)」関連通達

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    本記事の内容は、本稿執筆時点(2026年5月)の中小企業庁・国税庁・事業承継引継ぎ支援センター等の公開情報および編集部取材に基づきます。M&A・事業承継の実務は事案ごとに異なります。最終判断にあたっては、必ず認定経営革新等支援機関の税理士・公認会計士・弁護士等の専門家にご相談ください。