【2026年10月】
介護施設に3つの制度変更が重なる
カスハラ義務化・社会保険適用拡大・最低賃金改定を施設長はどの順番で処理するか
2026年10月、介護施設に3つの制度変更が重なります。カスハラ対策の義務化、社会保険の賃金要件撤廃、最低賃金の改定です。ただし「10月1日に3つとも来る」というのは正確ではありません。来るタイミングは施設によって違います。自施設に何がいつ来るかを特定し、動かせない締切から逆算する方法を整理します。

3つ同時に来ると身構える必要はありません。順番を間違えなければ処理できます。ただし、動かせない締切が1つだけあります。そこから逆算してください。
- 3つの制度が「同時に来る」わけではない理由
- 自施設に何がいつ来るかを特定する方法
- 最低賃金の発効日が10月1日から12月2日まで分散していること
- 3つのうち、動かせない締切はどれか
- 着手が遅れている場合に何を捨て、何を優先するか
はじめに:「10月に3つ来る」は正確ではない
10月の制度変更について、多くの記事が「三重負担」「トリプルパンチ」といった見出しで報じている。介護業界紙でも同じ扱いだ。
だが、施設長の実務から見ると、この整理は使えない。
3つの制度は、来るタイミングも、対象になる施設も違う。「10月1日に全部来る」と思って構えると、来ないものに備えて、来るものを見落とす。
最初にやるべきは、自施設に何がいつ来るかを特定することだ。
01 3つの制度は、来るタイミングが違う
まず全体像を整理する。
| 制度 | 施行時期 | 対象 |
|---|---|---|
| カスハラ対策の義務化 | 2026年10月1日(全国一律) | 労働者を1人でも雇用する全事業主 |
| 社会保険の賃金要件撤廃 | 2026年10月1日(全国一律) | 厚生年金被保険者51人以上の法人 |
| 最低賃金の改定 | 10月1日〜12月2日(県ごとに異なる) | 全事業所 |
一律に来るのはカスハラだけだ。社会保険は規模要件があり、最低賃金は発効日が県ごとに分かれる。
最低賃金の発効日は2か月以上ばらついている
2026年9月3日、沖縄県の答申をもって全都道府県の答申が出揃った。そして発効日は、10月1日から12月2日まで分散している。
発効が遅い県を挙げる。
| 発効日 | 都道府県 |
|---|---|
| 11月1日 | 山梨・徳島・愛媛・大分 |
| 11月2日 | 長崎 |
| 11月15日 | 佐賀 |
| 11月16日 | 京都 |
| 12月1日 | 岩手・熊本 |
| 12月2日 | 沖縄 |
京都府に事業所がある法人は、賃金改定まで2か月以上の猶予がある。逆に東京・大阪・愛知など10月1日発効の県では、残り時間はわずかだ。
複数県に事業所を持つ法人は、拠点ごとに適用開始日が変わる。同じ法人の中で、賃金改定日が2か月以上ずれるということだ。
なお、これらはいずれも地方最低賃金審議会の答申額であり、正式には各都道府県労働局長の決定・官報公示によって確定する。自施設に適用される金額と発効日は、必ず管轄労働局の公表で確認してほしい。
02 自施設に何が来るかを特定する
次の3点を確認すれば、10月に何が来るかが決まる。
1. 厚生年金被保険者は何人か
51人以上なら、社会保険の賃金要件撤廃が10月1日に来る。週20時間以上働く職員が、賃金の多寡を問わず加入対象になる。
50人以下なら、2026年10月には来ない。企業規模要件の引き下げは2027年10月からで、そこから2035年10月の完全撤廃まで段階的に進む。ただし「関係ない」のではなく、順番が回ってくる時期が決まっているということだ。
2. 事業所がある県の発効日はいつか
管轄労働局の公表で確認する。10月1日発効なら残り時間は少ない。11月以降なら、他の対応を先に進める余地がある。
3. 職員を雇用しているか
雇用していれば、カスハラ対策は例外なく10月1日に来る。規模も種別も関係ない。経過措置もない。
03 3つは、同じリソースを奪い合う
制度が別々でも、処理する人は同じだ。施設長と事務担当が、3つとも抱える。
しかも奪われるものが重なっている。
| 制度 | 必要な資金 | 必要な工数 |
|---|---|---|
| カスハラ | ほぼ不要 | 規程改訂・研修・相談窓口の設置 |
| 社会保険 | 事業主負担の増加 | 職員説明・労働条件通知書と就業規則の改定 |
| 最低賃金 | 賃金原資の増加 | 賃金表の再設計・職員説明・規程改定 |
就業規則の改定が2つの制度で必要になる。カスハラの不利益取扱い禁止と、社会保険に伴う保険料控除の取り扱いだ。別々に処理すれば、労働者代表からの意見聴取と労基署への届出を2回行うことになる。
職員説明会も2つで必要になる。社会保険の手取り変化と、賃金改定の説明だ。これも別々にやれば2回だ。
まとめられるものはまとめたほうがいい。ただし、社会保険の説明と賃金改定の説明を同じ場でやると、「加算で上がった分が保険料で消える」という受け止めが起きやすい。説明の順序と組み合わせは慎重に設計する必要がある。
04 動かせない締切は、1つだけ
3つのうち、遅れると取り返しがつかないものが1つある。
業務改善助成金の申請期限だ。
締切は「自県の最低賃金発効日の前日」または「11月30日」の早い方。9月1日に受付が始まっており、予算に達すれば期間内でも終了する。
10月1日発効の県では、締切まで1か月を切っている。
他の2つは、法定義務なので期限は動かないが、着手が遅れても対応の余地がある。カスハラは方針の文書化と規程改訂を先に済ませれば、研修が施行後になっても「措置を講じている」と説明できる。社会保険は加入手続き自体が10月以降の実務になる。
だが助成金は、締切を過ぎた瞬間に選択肢が消える。取り返す方法がない。
だから優先順位はこうなる。
- 自県の発効日と、業務改善助成金の締切を確認する
- 申請するなら、設備の選定と見積取得を最優先で進める
- カスハラの方針文書化と規程改訂に着手する
- 社会保険の対象者を棚卸しする
- 賃金表の再設計と職員説明の設計に入る
1と2は今週中に判断してほしい。3から5は、自県の発効日次第で時間の使い方が変わる。
05 各制度の詳細
この記事は全体像の整理にとどめた。個別の実務手順は、それぞれの記事にまとめている。
カスハラ対策の義務化
告示第51号が求める5つの措置、運営規程と重要事項説明書への記載、相談窓口の設置と職員研修。そして、告示自身が介護保険法上のサービス提供義務との衝突を認識している点について解説している。2027年度介護報酬改定で運営基準に義務付けられる方針も整理した。
→ 【2026年10月1日義務化】介護事業所のカスハラ対策完全実装ガイド
社会保険の適用拡大
2026年10月に施行されるのは賃金要件の撤廃だけであり、企業規模要件の撤廃は2027年10月から始まる。施行スケジュールの全体像、事業主負担の試算、判定基準が労働時間だけになることの実務的な意味、そして事業主が保険料を多く負担できる新しい特例について扱っている。
→ 【2026年10月施行】介護・障害福祉施設の社会保険適用拡大
最低賃金の改定
介護報酬は公定価格のため価格転嫁ができない。最賃近傍の職員だけが上がり中堅が据え置かれる「賃金圧縮」の構造、最低賃金連動型の賃金表の作り方、処遇改善加算で最低賃金をまかなえるのかという論点、業務改善助成金の使い方を解説している。
→ 【2026年7月28日答申】最低賃金+55円で介護施設の人件費はどう動くか
参考資料
- 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)
- 厚生労働省「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」
- 厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」
- 厚生労働省「業務改善助成金」
- 各都道府県労働局の公表資料
編集長より
私が施設長だったころ、制度改正の情報は「来月からこう変わります」という形で降ってきた。何がうちに関係あるのかを判断するのは、いつも現場の仕事だった。
3つ重なると聞くと、身構える。だが実際に確認してみると、うちには2つしか来ない、あるいは1つは11月まで猶予がある、ということは珍しくない。
まず、自施設に何がいつ来るかを特定してほしい。それだけで、やるべきことの量は変わる。
そのうえで、助成金の締切だけは今週中に確認してほしい。法定義務は遅れても説明ができるが、締切を過ぎた助成金は戻ってこない。
制度対応で疲弊する施設と、そうでない施設の差は、情報量ではない。何を捨てるかを先に決めているかどうかだ。